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ほほえみ物理相談室/鏡はなぜ左右が入れ代わるのか

最終更新[2000.1.30]
質問:
 鏡に映ったものは左右が逆なのに、上下が逆でないのはどうしてですか?言われてみると、不思議ですよねぇ・・・。ぜひ、教えてください。おねがいしますー。
by えびちょん (2000.1.24)

回答:
鏡では,左右だけでなく,上下や前後も入れ代わります.左右だけが入れ代わっているように見えるのは,我々の体が左右対象だからです.
by HIT (2000.1.30)

鏡では遠近が反転する

 えびちょんさん,こんにちは.またまた質問をいただき,ありがとうございます.しかし,今回はまた,えらく難しい問題ですね.この問題は,昔からあるもので,何人もの高名な学者先生も簡単な説明をしておられます.しかし,それでも,これ,という決定版もない,超難問です.また,どうもこの説明は,物理の範ちゅうだけでは解決せず,認識科学(脳科学)の分野まで踏み込まないといけない気配です.わたしごときにうまい説明ができるのかどうか,不安がありますが,とりあえず挑戦してみましょう.

 まず,鏡が写る仕組みをおさらいしましょう.鏡は,ブラウン管や映画のスクリーンのように,その表面に像が写っている(これを実像といいます)訳ではありません.鏡に写っている映像は,その場所にはない,架空の物(これを虚像といいます)です.

 なぜ,その場所にはないのに,像が見えるか考えてみましょう.鏡の原理は簡単.来た光をそのまま反射するだけのものです.これにより,物体から出た光が,鏡で反射され,我々の目に入り,「見える」のです.

 我々の目は,普通,直接物体から出る光を直接見ています.また,光は直進し,曲がったりしません(量子論や相対論の世界ではなく,日常生活の範囲内では).このことから,我々の目や脳は,鏡で反射して来た光も,直接まっすぐに進んで来た光と錯覚し(というか,目や脳には区別のつけようがない),あたかも,鏡の向こうの空間に物があるように見えるのです.

 ですから,鏡に写った像は,ブラウン管や映画スクリーンに写った像とは違って,立体的です.つまり,鏡に近い所から出た光は,鏡から近く認識され,鏡に遠い所から出た光は,遠く認識されます.

 ここに,鏡で像が反転するメカニズムがあります.つまり,鏡と鏡を見ているあなたとの間にある物は,鏡に近い方(つまりあなたから遠い方)の物があなたに近く見え,鏡に遠い方(つまりあなたに近い方)の物が,あなたに遠く見えるのです.

 そうです.鏡で本質的に反転するのは,遠近なのです.左右や上下ではありません.


鏡では左右だけでなく,上下,前後も反転する

 では,左右は反転しないのか,というとそんなことはありません.左右は反転します. 鏡をあなたの左側に置いて鏡とあなたの間に物を置いてみて下さい.その物の左側は,鏡に近いのであなたに近く(つまり右側に)見え,物の右側は遠く(左側に)に見えるはずです.つまり,左右が入れ代わったのです.上下や前後は変化はありません.

 では,上下や前後(我々のいる空間は3次元ですので,この3つの軸を検討すれば,すべてを尽くしたことになります.)には反転しないのでしょうか.

 いえ,そんな事はありません.上下や左右も反転します.

 鏡をあなたの下,つまり地面に置いてみて下さい.(ちょっとスカート姿の女性には抵抗があるのでしょうが,)鏡の上に乗るのです.そうして鏡をのぞき込むと,鏡の中の像は,足が上で,頭が下に写っているはずです.つまり上下が反転したのです.前後や左右に変化はありません.

 同様に,鏡をあなたの前に置いてみましょう.この場合,自分の顔や体が写ると混乱します(混乱の理由は後で説明します)ので,なるべく自分の顔や体が写らないようにして,あなたと鏡の間に物を置きます.鏡ごしにその物を見ると,手前側が後ろに,後ろ側が手前に見えているはずで,この場合には,前後が反転したのです.上下や左右に変化はありません.

 以上,総合しますと,鏡は,鏡を置く位置によって,左右,上下,前後のいづれか一つだけを反転させる性質があるということが分かります.

 以上,物理学的な意味での回答は,「鏡では,左右だけでなく,上下,前後も入れ代わる場合がある」でおしまいです.


鏡像はひとつ

 でも,鏡は,左右だけでなく,上下や前後も反転させにもかかわらず,なぜ,我々は,「鏡では左右だけが反転する」と思ってしまうのでしょうか.

 この問いに答える前に,ちょっと回り道をしないといけません.

 鏡は左右,上下,前後を反転させるとなると,鏡に写った像というのは,「左右が反転した像」,「上下が反転した像」,「前後が反転した像」の三種類あるのでしょうか.

 いえ,違います.実はこの3つは同じ像です.左右反転像を上下を軸にして180度回すと,前後反転像と一致します.また,上下反転像を,左右を軸に180度回転させると,前後反転像となります.(実際のモデルを使ってやって見ると分かりやすいのですが...)つまり,この3つの反転像は,回転しているだけで,全く同じ像だということが分かります.

 鏡に写った反転像を「鏡像」といいますが,鏡像は,ひとつしかないのです.つまり,前に置いた鏡に写った像は,「前後が反転した像」であると同時に「左右が反転した像を180度回転させた像」でもあり,「上下が反転した像を180度回転させた像」でもあるのです.


左右反転像に見える訳

 では,なぜ鏡像がいろいろな解釈があるのにすべて「左右反転像」に見えるのか,考えてみましょう.ここからは,実は物理の範ちゅうを越えた,脳の認識科学の領域に入ってきますので,あくまでもしろうとの私の解釈ということで,読んで下さい.

 鏡は,昔から,化粧とか,身だしなみなど,「自分の顔や姿を写すため」に使われてきました.そのため,鏡は,ほとんどの場合,自分の前に置かれ,自分を眺めることになります.

 前に置かれた鏡に写る像は,先に検討したように,左右反転像ではなく,「前後反転像」です.本来なら,前後が反転した,と思われてしかるべきです.

 しかし,この前後反転という現象は,実のところ他の二つの反転現象に対して,一番理解しにくいものです.というのは,人間の目は,立体的な認識能力がある,とはいっても,実際は,平面的な認識に,付け足し程度の奥行き認識がある程度です.その証拠に,片方の目をつぶって物を見て(この場合,奥行きは認識できず,平面認識しかないはずです)も,それほどの不安にかられませんし,テレビや写真のような平面映像を見ても,違和感がないのも,人間の奥行き認知能力も低さを物語っています.

 つまり,人間は,奥行き方向の違いには,気がつきにくいのです.

 鏡の前後方向というのは,奥行き方向にほかなりませんから,人間の脳が前後反転を認識するのは,かなり難しいのです.他に解釈のしようがない場合はともかく,他にもっと簡単な解釈ができる場合には,脳は,前後反転のような難しい解釈は避けて,安易な解釈をしてしまうのです.

 他の解釈というと,「左右反転像が180度回転した」ものと「上下反転像が180度回転した」ものです.写っている像は,自分自身,つまり人間です.どちらの解釈が自然なのでしょうか.

 これは,誰が見ても「左右反転像が180度回転した」ものですよね.人間が上下反転した姿を見ることはめったにありませんし,それを頭の中で180度回転させるのも,大変な作業です.しかし,人間の姿は,ほぼ左右対象です.人間の左右反転像は,ほぼ元の人間の姿.ということは,左右反転像が180度回転したものというのは,人間が180度回転した(くるっと振り向いた)姿にそっくりです.つまり,なじみのある映像な訳で,脳には,「左右反転像が180度回転した」という解釈の方が,「前後が反転した」という解釈よりも分かりやすく,脳は前後反転の場合でも,左右が反転したと思ってしまうのです.

 つまり,「鏡に自分の姿を写すと,左右反転像がこちらを向いているように見える」のです.

 もちろん,鏡を上や下に置いた場合には,上下反転が明らかであるので,上下反転像に見えます.しかし,鏡をそのように使うことはめったになく,前後に置くか,左右に置く場合が大半です.そのどちらの場合にも,左右反転像に見える訳ですから,「鏡は左右が反転して見える」ということになるのです.


おまけ.他の生物にはどうみえる?

 以上,奥行き認識能力が低く,かつ左右対象な人間だから,上のような結論になりましたが,他の動物には,鏡の映像がどう見えているのでしょうか.

奥行き認識能力が高い生物の場合
 (多分こういう生物は,自分の体より目が大きく外に飛び出しているんでしょうが,)このような生物の場合,鏡を前に置いた場合には,素直に前後が反転するように認識しそうです.

体が左右対象でなく,上下対象な生物の場合
 多分こういう生物は,目が縦に並んでいるでしょうが,)このような生物の場合は,左右反転の場合でも,上下が反転するように見えるでしょう.


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