いろいろな時間の単位 By HIT(1999.01.22)(1999.08.28改)


 時間の話の番外編です。

 時間の単位の時、分、秒は西洋から入って来た単位です。それに対して、 日本や中国など、他の地域で用いられていた単位をいくつか紹介してみまし ょう。

・「刻」(こく)
 これが時間の単位だとは知らない人も多いでしょう。「一刻を争う」など と慣用句では使いますが、現代日本では時間の単位として使うことはめった にありませんからね。

 この単位、中国で最近まで使われていたもので、「1日=100刻」という非 常に分かりやすい換算レートの時間の単位です。計算すると分かるように、

 1刻=14分24秒

 です。現代の中国では時分秒という西洋式の時刻表示なので、刻は原則と して使いませんが、「1時15分」を「1時1刻」、「2時45分」を「2時3刻」と 言うことがあるようで、便利に現在の時刻表示と共存しているようです。

 ただし、使うのは「1刻」と「3刻」だけで、「2刻」は使いません。なぜ なら「1時30分」は「1時半」というからです。英語でいう「a quarter past」、 「a quarter before」と同じ使い方しかしません。

 この1刻(15分弱)という単位。テレビの番組の単位にでも使うと便利そう ですけどね。15分単位の番組を1刻単位にすると、1日あたり4刻ほど余分に 番組が押し込めるので、コマーシャル収入も増えそうですし。

 ところで、一刻が約15分ということになると、「一刻を争う」といいなが ら、実は、15分程度の余裕があることになります。「一分一秒を争う」より は、相当に余裕がある表現、という訳ですから、上司から「一刻を争う仕事 をしてくれ」と言われたら「15分以内にすればいいのですね。」といって、 余裕を持って仕事をしましょう。ただし、上司が「1刻=15分」ということを 知らないと(普通は知らないってば...)、痛い目にある可能性が高いので、 くれぐれもご用心を。


・「劫」(こう)
 これは、仏教用語として日本に入ってきた時間の単位で、元はサンスクリ ッド語、つまりインドの単位です。

 現代日本で使われるのは「未来永劫」とか、熟語で使われる位で、後は、 囲碁の述語として石を交互に取ると永久に碁が終わらない状態を指したりし ます。どちらの用語からも相当に長い時間の単位だと想像できます。

 で、どの程度長い時間かというと、定義が複数あって、どれが本当か良く 分かりません。いくつかある定義を紹介してみますと、
「1里四方の大きな岩がある。4年に一度、天女が羽衣で岩をサーッとなでて、 この岩がすり減ってなくなるまでの時間」
「1里四方の大きな升がある。4年に一度、天女がケシつぶを1粒づつ入れてい って升がいっぱいになるまでの時間」

 といいますから、とても尋常の時間の単位ではありません。ある人が、後 者の定義で試算して見たところ、だいたい

 1劫=100億年

 となったようです。100億年といえば、現代ビッグバン理論によるこの宇宙 の年齢です。その宇宙の年齢ほどの時間を1単位とするような時間単位を想定 するインド人って、すごい。ミロク菩薩の救済があるのが56億7千万年後だっ たりと、インド人の時間感覚のすごさには、感服します。

 キリスト教の宇宙観がつい最近まで宇宙の年齢を数千年のオーダー(聖書の 年数記述を全部足した年数)だったのと比べると、古代インドの宇宙観の方が よほど現状の物理学に近い感覚だったようですね。「仏教哲学と量子力学」と いう本を書いた物理が学者もいるように、現代物理学とインド哲学って、結 構相性がいいようです。

 ちなみに、落語の「寿限無」にもこの劫は出て来ます。「五劫のすりきれ」 という個所ですが、1劫=100億年とすると、5劫=500億年です。500億年生きる ような、おめでたい名前というとこですが、皆さん、500億年生きたいですか。
[ 感想・投稿 | ほほえんで物理学 | よみの国研究所 ]