日本海新聞「境線廃止論事件」 By HIT


総括と主要経緯


 この事件の、途中の経過は、日本海新聞側が、ちゃんとした報道をしなかったことから、県民には分かりにくく、全国紙が公平な立場から報道するようになって、やっと全容が明らかになった。しかし、鳥取県民には、8割の普及率を誇る日本海新聞しか読んでいない家庭も多く、どの位の人が、この事件の真相を知っているのか、定かではない。

 事件の主な経緯は次のようなものである。

1.「記者が不正確な数字を引用して記事を書いた」
2.「JR西労組の抗議を新聞社が黙殺した」
3.「たまりかねた労組が日本海新聞の不買運動を起こした」
4.「不買運動非難と、誤用訂正しない新聞社非難とに県民が別れ、前代未聞の言論合戦になった」
5.「JR西労組は、利用者アンケートや主張を折り込みし、全戸に配布することで終結宣言を行った」
6.「新聞社側は、『不買運動をやめたら労組の主張を載せる』という約束を守らず、ケジメをつけずにウヤムヤに終わった」


問題点と経緯

 この事件の問題点は、私の考えでは、以下のとおりである。

 日本海新聞が(記者が)、境線廃止論を展開し、キャペーンするだけなら、何等問題ない(一般読者が新聞社の独自主張に慣れていないので、誤解を与える、という問題は残りますが)。一番の問題は、「誤った数字の引用があったのに、それを訂正しなかったこと。」と、「反対意見を公正に載せていないのに、あたかも公正に扱たかのごとくみせかけたこと。」の2点だ。

 特に、後者の「反対意見の載せ方」を順を追って見てみよう。([想像]は、私の個人的な想像です。)


[A]10/7 元記事掲載

1.第一期黙殺期(10/8-10/24)
 元記事が出たあと、4-5の投書(すべて反対意見。)を載せた後、境線問題は、紙面から消えた。この間、JR西労組からの抗議行動もあったが、これらもすべて黙殺した。
[想像]多分、放っておけば、自然消滅すると踏んだのでしょう。

[B]10/24 JR西労組米子地本「日本海新聞不買運動」を大会で確認

2.意見総紹介期(10/25-11/16)
 10/25にてっきり没だと思った私の投書が載った。次の日には、JR西労組の不買運動が社会面で報道され、いっきに境線問題の火がついた。新聞社は、「言論には言論で答えろ。不買は心外。」と主張。

これ以降、「境線問題の投書はすべて載せる」という新聞社の主張とおり、日本海新聞は、境線問題(及び労組の不買運動)の投書で埋まった。私の「新聞社に不買運動非難の資格なし」という投書も、一言一句違わずに載ったことから、この期間は、本当に、すべての意見をそのまま掲載していたと思われる。
[想像]自然消滅すると思われた抗議行動が、不買という形で現れたのに慌てた新聞社は、「公正な意見の紹介をしている」とスタンスを取るため、「投書の全面掲載」という非常手段で出たようです。(考えようによっては、これも、暴挙と言えなくもない。)不買運動非難の投書が集中し、JR西労組を追い詰める意味もあったかも知れない。

[C]11/14 編集総局長、11/16 社長と、JR西労組の不買運動と闘う決意を表明

3.第二期黙殺期(11/16-11/下旬)
 社長表明以降、境線問題の投書は一切載らなくなった。
[想像]対決というのは、黙殺という意味だったんでしょうか。

4.選択的掲載期(11/下旬-12/8)
 再び、境線関係の記事が載るようになりましたが、JR西労組の不買非難の投書ばかりで、反対の投書は、ほとんど取り上げられていません。意見総紹介期の比率からするとそんなはずはないのですが...。
[想像]一端黙殺に入った新聞社がなぜまた投書を載せ出したか、良くわかりません。ただし、載った記事の数(投書欄の1/3程度)やその選択方法(自社に有利な投書を多く掲載)を考えると、この時期が一番まともな時期と言えるかも知れません。本来読者投書欄というのは、すべての意見を紹介する場所ではなく、新聞社が独自の基準で取捨選択したものを載せるのが、正しいあり方ですから。

5.第三期黙殺期(12/9-12/15)
 地方議会が始まり、境線問題も県議会や市議会で取り上げられるようになったが、紙面から境線問題は消えた。
[想像]議会等では、行政が自社に不利な回答をする(境線は必要)のは目に見えていたので、投書のバランスが記事反対に傾くことを恐れたのでしょうか。

[D]12/15 JR西労組「不買終結宣言」

6.第四期黙殺期(12/16-現在)
 やはり境線問題は、一切載らない。「不買を止めたら労組の意見の掲載も考える」という約束は、未だに果たされていない。
[想像]JR西労組の不買終結宣言をこれ幸いと、事態収拾に入ったと思われます。
今後、境線問題が読者投書欄をにぎわせることはないでしょう。

 以上、まとめてみると、新聞社が、この事件で右往左往したことが良く判ります。新聞社は、別に、すべての意見を載せる必要はなかったのです。「公正に意見を載せる」なんて、実際問題として出来る訳がありません。正直に「公正に意見を載せることは出来ないが、事実関係の誤りは、訂正する。」として、労組や一部の投書で指摘のあった「数字の引用誤り」をさっさとわびて、「でも、境線は廃止した方が良い」という主張を続け、労組を不買運動を非難していたら、日本海新聞は、名をあげ、労組の方が困ったことでしょう。

 読者も、今回の事件で、新聞社の事実報道と、意見記事の違いを少しは気がついたと思います。新聞社も「強い信念がない記者が、意見記事を書くと痛い目を見る」という教訓を得たと思います。今後、記者も信念を持った意見記事を書き、読者も事実報道と意見記事は、分けて読み取ることができるようになれば、今回の事件も、決してムダではなかったと言えるかも知れません。

 しかし、実験材料にされたJRにはたまらない事件だった。


 ただし、この教訓が日本海新聞や読者に生きているか、というと...。それは、皆さんが個人個人で感じていただくしかないでしょう。

      山陰・よみの国・米子 HIT (1999.05.02)


HITさんにメール / 日本海新聞「境線廃止論」事件に戻る / HITの山陰未来館に戻る / よみの国研究所に戻る