境線廃止はできない相談 1997.10.14


 例の記事には、私も本当に驚かされました。次の次の日に載った「米子空港の滑走路延長は必要ない」という記事なら、まだ賛否両論で、議論の余地はありますが、境線の廃止なんて、賛同者はほとんどいない暴論です。議論の余地はありません。

 あの記事の影響で、一番恐いのは、JRがその気になる事です。利用者が多いとはいえ、赤字線ですから、記事にあるように地元が「廃止して下さい。」と申し出れば、ホイホイとJRは乗ってくるでしょう。それが恐いです。何しろ、信越本線や北陸本線、東北本線といった幹線系線区でさえ、整備新幹線の代替として、廃止してしまうくらいですから。


 でも、現実問題として、境線廃止は、まず出来ません。一般に、平均輸送密度2,000人程度なら、バス転換しても影響が少ないと言われていますが、境線のそれは、3,000人以上あります。一部区間では、6,000人近くあると思われますから、廃止は、相当の混乱を招き、米子の都市機能をどん底にたたき落とす可能性が高いです。境線よりも輸送人員がはるかに少ない若桜鉄道が三セクで残っているのも、こうした都市交通環境の悪化の懸念を払しょくできなかったからでしょう。行政もJRもとても恐くて出来ないでしょう。

 輸送密度2,000人以下なら、バスでも対応可能。10,000人以上なら黒字化も可能という一般論から言えば、境線は、まさしく「廃止もできないけど、黒字も難しい」という経営的にはグレーゾーンの鉄道です。行政、住民、鉄道事業者が一体になって、存続を図っていかなければならないものなのに...。

 今後、高齢化社会に向かっていく中で、公共交通機関の整備促進は、地方政府の重要命題です。新たに鉄道を建設するのは、巨額の建設費がかかり、あまり現実的ではありませんが、現在ある鉄道を維持するのには、それほどの経費はかかりません。まさしく、

「在る物を壊すのは簡単、失った物を戻すのは困難」

 ということです。こんな簡単な事も分からないかなあ。


 実は、Nifty-Serveの鉄道フォーラムにも、この話題で花が咲いていました。日本海新聞のホームページに載っていたらしです。やはり、取材が甘い、とか、鉄道の事を分かって書いていない、という批判が多かったですが、岡山の人が、「(同じように地元の大きな影響力を持つ)山陽新聞ならこんな記事を書かない」と言っていましたが、そりゃ書かないでしょうね。全国に山陰の恥をさらしてしまいました。

 また、例の記者に問い合わせた人もいました。それによると、「議論の基になれば、と書いた。JRに取材したけど詳しい利用状況を教えてくれなかったので、手近な数字で書いた。」とのことです。でも、末端の境港駅の乗車数だけで全線を論じるなんてのは、初歩の段階から間違ってますよね。それに、問題提起のため、としても、他に問題提起が必要な事はたくさんあるだろうに。センスを疑いますね。

 ちなみに、その問い合わせた人は、記者に「鉄道ジャーナル97年1月号に、境線の特集があるので、それを読んで勉強して欲しい」と伝えたそうですが、さて、勉強の成果が近々紙面に生かされるでしょうか。


P.S. 前項を要約して、日本海新聞の読者投書欄に投稿しました。字数制限の関係で、約三分の一に圧縮しましたが、意図は伝わる投書になったと思います。さて、載るかな?