日本海新聞不買運動 1997.10.30


 10月29日付の日本海新聞に、JR西労組米子支部が、日本海新聞の不買運動を しているのが載りました。暴論ともいえる『境線廃止論』への抗議です。

 労組の運動もちょっと大人げないですが、日本海新聞の態度も大いに問題が あります。

 まず、「鳥取発特報は、記者の個人的な意見であって、新聞社の意見ではな い。」ということです。大多数の読者は、そんな認識はなく、あれは新聞社の 意見だと思っていることでしょうし、もし、例えそうだとしても、その意見を、 新聞の一面に囲み記事で、大見出しで『境線の使命は終わった』と書き、イン ターネットのホームページにまで搭載したのは、まぎれもなく新聞社です。新 聞社が責任を免れる訳ではありません。

 次に、「新聞の不買運動は、民主主義を破壊する。」といいますが、JRが日 本海新聞の駅売りを中止した、とかならともかく、低俗で嫌いな新聞を止める のは、個人の権利です。民主主義うんぬんの問題ではありません。

 最後に、「言論には言論で答えて欲しい」と述べていますが、一面の囲み記 事を使い、世論操作が可能な新聞社と、発表手段を持たない労組が、対等な立 場で言論を闘える訳がありません。事実、13日には、抗議文が届いていたにも かかわらず、29日まで、その内容(環境問題、エネルギー問題、高齢化問題に 鉄道は有効、代替交通の困難性等を指摘しているらしい)はおろか、抗議行動 があった事自体、日本海新聞は一切報道していません。もし、労組が不買運動 を起こさなければ、永久に報道されなかったことでしょう。どちらの態度が、 「陰湿で、非民主主義的」か、問い返したくなります。

 以前から、日本海新聞の記者のレベルが低い(低俗)なのは、気になっていま したが、今度の件では、ほとほとあいそが尽きました。30日の「特報」では、 同じ記者が同じ論旨を繰り返すだけで、議論にも何もなっていません。反対意 見に答えず、自己の主張を繰り返すだけなら、議論とはいえず「宣伝」です。 「言論には言論を」が聞いてあきれます。
 私の反論が25日に載った件ですが、何か意図的なものを感じます。

 前日の24日に、JR西日本労組米子支部の定期大会で、「日本海新聞の不買運 動」が決議されているからです。新聞社として、「反論もちゃんと載せている」 という言い訳に使うために、私の投書を載せた可能性が高いです。何か日本海 新聞の策略に乗せられてしまったようで、何か釈然としません。
 JR西日本労組ではありませんが、私も日本海新聞を止めるかも知れません。 読者が日本海新聞に期待しているのは、低価格と面白い紙面(スポーツ新聞の ノリ?)であって、不勉強な記者の偏った価値観の押しつけではありません。現 在の日本海新聞は、健全な地方紙の範ちゅうを逸脱して、まるで政党の機関紙 のようです。JR西日本労組をして「ペンの暴力」と言わしめたそのものです。

 新聞社に一番その誤解を分からせるのは、「部数減」という営業数字だと思 います。他紙に切り換えて、購読料がアップするのは、家計に少々痛いですが、 「健全な地方紙」を育成するためには、避けて通れないコストだと思います。
(注)この書き込みは、私個人の感想と行動を書いているだけで、皆さんに、日 本海新聞の購読中止を呼びかけるものではありません。誤解なきようお願いし ます。絶対に誤解しないで下さいね。お願いします。

怒りがおさまらないHITでした。